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質問(写真と文章)

これは非常に興味深い質問です。私は写真の専門家ではないので外している可能性もありますが、私なりに回答します。(続く)

#結城浩に聞いてみよう
https://ask.hyuki.net/q/20180428201915 https://t.co/zdDuCPjHNe

まず、写真と文章のどちらも、撮影者と執筆者の意図があらわされるという点は同じだと思います。写真と文章、どちらも「作者のねらい」があるのです。何にフォーカスをあてるか(これは写真に使うと誤解を招きますね(^^))が結果に表れます。

大きな違いはここです。写真ではいろんなものが写ってしまうため、すみずみまで明示的に具体的に用意が必要になります。それに対して文章では大胆な省略が可能です。

たとえば、放課後の図書室のシーンを写真に撮ろうと思ったときに必要な準備と、放課後の図書室のシーンを文章で表そうとしたときに必要な準備はずいぶん違うと思います。

極端な話をすれば、文章で「放課後の教室」と書けば読者は自分なりの「放課後の教室」を想像します。でも写真ではそうするわけにはいきません。木造の教室なのか、コンクリートなのか、そもそも教室の中なのか外なのか。それを決めないと写真は撮れません。

もちろん文章でも「放課後の教室」という一言だけではなく、場面の描写をすることがあるでしょう。読者にありありと思い描かせるために文章表現を工夫するわけですが、それでも最終的に読者が心の中に思い描いたものは読者ごとに異なります。最後の具体化は読者の中で行われるのです。

少し話はずれますけれど、スティーヴン・キングはこの状況のことを「テレパシー」と表現しましたね。

写真と文章で似ている点として省略と偶然性があるかも、と思いました。先ほどは「ねらい」やフォーカスといいましたが、そのねらいは、必ずしも明示的に表現されるものではないというのが「省略」です。わざとフレームから「外す」ことでかえって存在を際立たせるという技法はどちらにもあるでしょう。

作者はこういうことをしようと思ったわけではないのだけど、偶然そうなってしまった(そしていい効果を上げた)ということは写真と文章のどちらにもありそうです(というか、創作すべてにあるか……(^^;)

関係あるようなないような話をします。文章を書いていてよく思うのは「図版」を準備するのにはたいへん時間が掛かるということ。紙面ではそれほど大きな面積を占めない一枚の図版であっても、何ページも文章を書くよりも多く時間が掛かることをよく経験します。

それは恐らく、図版が持っている情報量が多いため、整えるのにそれだけの労力(時間)が掛かるということなのだろうなと私は思っています。写真はパシャッと撮るのは一瞬かもしれませんが、意図した状況を準備するのに多大な労力が必要となるのも、情報量が多いからだろうと思っています。

もっといろいろありそうですが、とりあえずはこのへんで。非常に興味深い質問をありがとうございました!

2018-04-28 (Sat) 20:20:18