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(勉強が苦手な人と得意な人)

一筋縄ではいかない難しい話です。最近の「結城メルマガ」にもよく書く話ですが、生徒自身が「自分が何かを理解することに関心があるか」という根源的な話にもつながります。(続く)… https://twitter.com/i/web/status/963415413026578432

ただ、中には純粋に「知らない」人もいるので、根気強く一見自明な説明も必要なのかなと思います。「知らない」というのは、
・自分は自分の頭を使って考えていいのだ
・世界は柔らかいものであり、自分が関われるのだ
・暗記以外の要素が学習に… https://twitter.com/i/web/status/963416288755249154

勉強ができる人は、自分が理解しているかどうかに関心があります。こんなことは、勉強ができる人にはあまりにも自明なこと。勉強が出来る人は自分の理解度チェックを、誰にも強制されてないのにやります。自分の理解に関心があるからです。

その意味で、賢さの中には必ず、自省の力(自分自身を見る力)が含まれています。 #メタ だ。この本はそのうち書きます。

それができるできないは、もちろん生まれつきの部分はあります。かなりあります。でも、生まれつき持ってるのに発現させていない人もたくさんいると思っています。その人たちのためには、自明かもしれないことを言い続けなければならないでしょうね。

難しいのは、「足かせ」になっているのは必ずしも知的能力ではないときが、多いこと。親や教師から、何かのタイミングで「ダメなやつ」という烙印を押されてペシャンコになっている人のこと。本人はダメじゃないのに。指導力がない親や教師がダメなだけなのに。

根底に「私は何をやってもダメ」というネガティブな意識があると、これを他者が崩すのは非常に難しい。たとえ進んだとしても、少し失敗すると(学ぶときに必ず失敗はつきもの)、「ほーらやっぱり、私は何をやってもダメ」に戻ってしまう。これを教師がマンツーマン以外で解決できるとは思えない。

ネガティブな思いというのは、歪んだ認知です。自分がうまく行ったらたまたまで、ミスしたら人格に根ざした理由。そういう偏りを持っている人は多い。その調整は知的な部分を担うだけの教師ができるのかどうか…生徒本人が、何かのきっかけで、カチリと変わるとどんでん返しは起きるのですが。

まあ、話が発散したのでこの辺で。

>勉強が苦手な人と得意な人

※今回の連ツイも加筆修正の後にいつか「結城メルマガ」の読み物になるかもしれません( http://www.hyuki.com/mm/

https://rentwi.hyuki.net/?963415413026578432

2018-02-13 (Tue) 23:11:48