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(高校時代、何を質問したか)

試験前の駆け込み寺でも、発展的な内容でもないですね。もっとふつうに、授業でわからなかったことを聞きに行きました。

そのほかには、ノートの選び方や、ノートの取り方、学習時間の長さ、自分が読むべき本な… https://twitter.com/i/web/status/952307954727858176

数学の授業は、だいたいはわかるのですが、ときどき「あれ?これはどういう意味なのかな?」というときがありますよね。考えて納得いかないことは聞きに行きました。

先生の答えは、納得いくときもありましたし、結局わからないこともありました。でも、先生に聞きにいくのが無駄だったと感じたことはありませんでした。からかわれたり怒られたりすることがなかったせいもありますが、

自分の抱く質問が正当なものか否かの判断材料になったからです。自分が引っかかったところを先生が「ああ、これはこうだよ」と即答できないときには「ははーん、これはそれなりに難しいことなんだな。だとしたら引っかかるのも無理はない」と判断できる。

たまに「よくそこに気づいたな」とか「それはおもしろい!」と先生に言われると、ものすごく嬉しかった。そういうときは勉強やる気出ます。

書いた文章を国語の先生に読んでもらって添削してもらったとき、ある表現に赤マルつきで「これはうまい!」と書かれました。いまでもその表現を覚えていますし、自分が本を書くときに影響しています。ほめるの大事だ。

古文の暗唱を先生に聞いてもらったこともあります。そのときに「その読み方は、意味をわかって読んでいるのがよくわかる読み方ね」と褒められました。自分が工夫したところなので、いまでもそのときの誇らしい気持ちを思い出せます。的確にほめられる喜びは大きいです。

概して、私は先生に恵まれた学校生活を送れたと思います。それはとても幸運なことでした。

私の学校生活の中では、教師が「よい権威」として機能していたと感じます。困ったときに質問する、怒られたらしゅんとなり、ほめられたら嬉しい。それは時代なのか、先生がよかったのか、私の性格なのかはわかりませんが。信頼できる大人としての「先生」たちの存在は、私にとって大切なものでした。

2018-01-14 (Sun) 07:34:44