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(最近の連ツイは結城メルマガの下書きになることも多いので、別スレッドにしておこう)

私たちは、何を求めて日々生きているのだろう、ということをよく考える。

引き算ができる人は、自分がこの世にあと何年生きていられるかを知っています。普通は、数十年。春の桜を見ることも、夏の花火を楽しむことも、落ち葉を踏みしめる音も、しんと静まった雪の朝も。たかだかあと数十回。それを意識した上で、さて今日は、今日の自分は何をするのか。

自分に与えられた時間を何に使うのか。自分の命を何に注ぐのか。その選択が、その意思こそが、「私はどんな人間なのか」に対する答えだ。

憲法のいう職業選択の自由や、信仰の自由の根底にあるのは、「あなたが選べ」という考え方だ。他の誰でもない、あなたが選べ。それは素敵なことだけれど、とてつもなく恐ろしいことでもある。誰か他人のせいにはできないからだ。

あなたは、だれ?
あなたは、何をしたいの?
あなたは、何を善として、何を悪とするの?

誰のせいにもできない。
誰のせいにもするな。
あなたが選べ。

これは、普通の感覚ではめちゃくちゃこわいこと。

「自由」というのは、
そのくらいこわい概念なのだ。

2017-07-22 (Sat) 16:47:07