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かなり感動……そうか、そうですよね。『数学ガール』刊行から十年ですから、そういう読者さんもいらっしゃるわけですね……かなり、うれしいです。
https://twitter.com/buku_t/status/880652821603000321

「本屋に行ったときに偶然」というのは、実は重要なことかもしれない。「学校の図書館で偶然」や「ブックオフで偶然」や「Twitterでふと見かけて」や「友人が読んでいるのを見てたまたま」という人もきっといるはず。これは、まさに、本との《出会い》です。人生は《出会い》で変わる。

先ほど、数学専攻博士課程の方とのやりとりがありました。この読者さんは、当然ながら結城よりもはるかに数学をよくわかっているはずです。書籍の著者として感動的にうれしい!自分ができないことを、読者がしてくれる。著者をはるかに越える読者が生まれる。これは端的にいって「最高」の喜びですね。

「本を書く」というのは自己顕示ではなく教育である。というのは、あるコンピュータ科学者の言葉です。やわらかく翻訳すれば「自分のために本を書くのではなく、相手のために本を書く」といえます。教育。

教師の最高の喜びは生徒の「なるほど!」という反応であると結城は常に思っています。そして、その延長に、教師が理解できない世界まで生徒が立ち向かってくれるという喜びがあります。それは最高の喜びです。知識を伝えただけではなく、もっとメタな態度や意欲や世界観を伝えたということですから。

宮崎駿のアニメ『風立ちぬ』の中でドキッとする言い回しがありました。それは「創造的人生の持ち時間は10年」というものです。飛行機の設計にまつわるセリフですが、これにドキッとしないクリエイタはいないでしょう。結城が処女作を上梓したのは1993年。いまから約四半世紀も前のこと。

創造的人生の持ち時間は10年。なかなか説得力があります。大ざっぱにいえば結城は、プログラミング言語やプログラミング技術の本を10年以上書き、数学の読み物を10年以上書いてきたことになります。そして数年前から結城は「次の10年は何を書こうか」を考えています。

創造的人生の持ち時間は10年。結城はそれを「mod 10で繰り返したい」と願う。物書きは、生まれたときから死ぬまで物書きです。次の10年は、何を書いていこうか。次の10年は、読者に何を贈ろうか。次の10年は、どんな感動を、どんな知見を、どんな喜びを読者に示そうか。そう思います。

限界は肉体にあるのではなく、限界は精神にある。「空の星を見よ」「見渡す限りの土地をあなたに与えよう」という言葉の通り、限界は自分の思いの中にある。より良いものをより良い形で読者に届ける。その仕事を結城はこれからも続けていきたいと願います。願わくは、死のまぎわまで。

はからずも今週は『数学ガール』が刊行してからちょうど10年目にあたる週。『数学ガールの秘密ノート』の9冊目が刊行する週。そしてWeb連載「数学ガールの秘密ノート」が第200回を迎える週。すべて、読者さんが支えてくださった数字です。感謝。これからも、結城の活動を応援してくださいね!

http://rentwi.textfile.org/?880659326649683968

2017-06-30 (Fri) 14:28:39