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大変興味深い話です。(続く) https://twitter.com/kotonoha_yakata/status/1437441152743993349

言葉と自分が分離していないという可能性を想像していました。自分は言葉を書き、言葉は自分と分離して独立に相手に届く。相手は言葉だけから内容や意味を考える。という当たり前の構造が理解できていないと、(どんな文章であれ)文章を書くことは難しくなる。

また、自分が耳や目で受け取った文章から(のみ)意味を読み取るということも、実は練習が必要なこと。それも意外に理解されてないと感じます。私自身、大学生くらいになってもよく分かってなかった。

文章に書かれた言葉のみから意味を読み取るといっても、もちろん常識や知識で補いますが、それのどこを自分が補ったのかを意識しないと、言葉でのやりとりはときに人と人の間に大きなギャップを生みます。

(Twitterで、日々「そんなこと書いてないだろ、ちゃんと読め」という不毛なやりとりが行われることから観察できます。書いてる方も、読んでる方も、言葉の扱いは難しい)

「書かれたことを書かれた通りに読む」ことの難しさは、数学書を読むことの難しさの一因でもありますね。

「AするときにはBしてください」という簡単な指示を読んで、それを実行できないとしたとき、単純に考えると「指示を覚えていなかった」や「真剣味が足りない」となってしまいがち。でも実は、「Aするとき」とはどういう意味か、「Bしなさい」とはどういうことかを理解していない可能性がありそう。

文章を読む人は、呼吸するのと同じくらい自然に「Aするときとはこういうことだな。たとえばaとか、たとえばαとか」みたいに考えを巡らせます。Aの意味を理解したいから。

どこまで意味を補うかは、文脈による。世間話と数学では補う範囲も違うから。

文章を読まない人の中には「Aする(むにゃむにゃ)はBして(むにゃむにゃ)」みたいに受け取って、頭の中には「AとB」みたいに格納する人もいます。これだと「AするときにはBしてください」という指示に従えるわけがありません。

「復唱してもらう」(復唱する)のは、この(むにゃむにゃ)をはっきりする効果があるので、悪くはないのですが、注意しないとやや非人間的な扱いになりがちで、また、「えーするときにはびーしてください」みたいに機械的に覚えて「対策」できてしまう難点もありますね。

「生徒」の側に《自分の理解に関心を持つ》態度がないと、何をやっても効果は激減してしまうのです。

ゼミなどでは、そのAとは何?Bするのはなぜ?具体例は?…のように、一つ一つの言葉や理由を明示的に確認することが多々あります。それはもちろん精密な理解を相互に確認したいからです。ただし、

相互にそのことを理解しあっていないと問われた側が詰問されてると誤解する危険性がありますね。また、ゼミ内のやりとりと同じトーンを別コミュニティに持ち込むのはさらに危険です。

たかが言葉、されど言葉。言葉のテクニカルな扱いを工夫するだけでいろんなトラブルはかなり回避できますが、そのためには前提が必要になります。《自分の理解に関心を持つ》《相手のことを考える》…

こういった話題に関心がある人は「教えるときの心がけ」マガジンを楽しめるかも。先生が生徒に、上司が部下に、先輩が後輩に、親が子供に「教える」ときはよくあります。そんなときの心がけをまとめています。
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《自分の理解に関心を持つ》(前編・後編)(結城浩ミニ文庫)|結城浩 @hyuki #note https://mm.hyuki.net/n/nca5303eac345

こういうマガジンもあります。50本以上の読み物(無料・有料)がありますのでのぞいてみてください。コミュニケーションのヒント|結城浩 @hyuki #note https://mm.hyuki.net/m/m247f0fe59766

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>「言葉から意味を読み取る」ということ
https://rentwi.hyuki.net/?1437526609381052417

2021-09-14 (Tue) 06:20:26