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質問(体系的に理解するとは)

「体系的に理解する」ことがまったく理解できないケースは二つあって、「当たり前すぎて理解できない」場合と「ほんとうに理解できない」場合です。後者を想定して少し書きます。(続く)

#結城浩に聞いてみよう
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「体系的に理解する」ことが本当に理解できないケースとして想像するのは、「何かを理解する」ことを「知識を覚えること」と考え、「深く理解する」ことを「たくさんの知識を覚えること」と考える場合です。

知識はばらばらのまま集めてもなかなか役に立たせることはできません。

歴史上の出来事と年号を暗記したとします。それだけでも少し役に立ちますが、それは「この年に何がありましたか」のようにダイレクトにその知識を問われた場合です。それらを基礎とした上で、この一連の出来事がこの順番に起きた理由や因果関係を理解したり、

年代ごとの特徴を理解したりすることによって、歴史上の出来事が(ばらばらな知識ではなく)体系として頭に入ることになります。これは「体系的な理解」の非常に単純な一例です。

たとえばなしをすると、文章を書くときに単語の羅列でも、おぼろげながら意味はわかりますが、きちんと文になるように順序を考え、接続詞をあてはめて文同士をつなぎ、背景、理由、実例、結論など組織だって書くことでよく伝わる文章になります。

自分の一つ一つの知識を単語のように考えるとき、体系的な理解というのは、それらを適切に組み合わせ、相互関係や相互作用を考慮して大きな構造物を作ることを意味します。

物事を体系的に理解していると、更新やチェックができるようになります。時代が変化し、新しい情報が入ってきたときに、これまでの体系のどこが古くなり、どこを修復すればいいかがよくわかります。また、怪しい情報が入ってきたときに体系と照らし合わせて「怪しいぞ」とわかります。

物事を体系的に理解している状態というのは、きちんと片付けられた部屋にも似ています。本は本棚に、洋服は分類されてタンスに、小物は小分けして整理されている。そんなイメージでいいでしょう。机の引き出しを開けて金魚が飛び出したり、洋服タンスに生肉が入っていることはない。

物事を体系的に理解していない状態というのは、広い野原のあちこちにものが散在しているのにも似ています。たしかにこの野原のどこかには必要なものはあるはずなのだが、ばらばらに置いてあるために、何と何がどう関係しているかさっぱりわからない。

たとえばなしはたとえばなしに過ぎないので、細かいところは参考になりません。「体系的な理解」のイメージとしてお話ししています。

体系的な理解をするというのは料理を作るのにも似ています。体系的な理解をせずに知識だけを集めるのは、食材を買ってきた段階に似ています。食材を買ってくることは、料理を作るために大事ですけれど、食材集めても料理にはなりません。

とりあえず、そんなところです。何かのヒントになれば幸いです。

冒頭で二つのケースと書きました。「体系的に理解するというのが当たり前すぎて理解できない」人もいます。つまり「理解する」という用語の意味に「体系的に」という意味合いを込めているわけです。

つまりさきほどまで述べてきたような、構造だとか、相互関係みたいなものを考えるのは、理解の当然の前提だろと考える人にとっては、ことさらに「体系的な理解」という表現は理解しがたいかもしれませんね(もちろんそれが悪いといっているわけではありません)。

比喩として適切なのは、リンクが適切に張られたWebページかもしれません。

2020-03-26 (Thu) 05:25:44