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先日何回か「人格と成果物を混同しないように」という話題で文章を書きました。その流れで思ったことがあります。自分に対して「この成果物ができないなら自分は人格的にだめだ」といいたくなるときというのは、自分を条件付きでしか愛せない状態になっているともいえる。

そしてまた、うまく自分の成果物ができたとしたら、逆に自分は人格としてすばらしい人間だと誤解してしまうのかな、とも思ったり(もしかしたら、さらに上の成果物を目指すことが自分の人格形成に重要だと錯覚する?)。

また、同じ視線で他人を見ると、すぐれた成果物を作っている人は人格的にもすばらしいと誤解したり、たいした成果物を出していない人は人格的に劣っていると誤解したりするんだろうか。

「成果物」という形でなくてもいい。たとえば「相手との議論に勝つこと」や「相手のマウントを取ること」が自分の「人格」を支えるよすがとなっている人は、命懸けでマウント取ってくるだろうなとも思った。負けたら人格が崩壊すると思っていたら必死だ。

以上、さっきふと思ったので、忘れないうちにメモ。以上は一般論であって、特に誰かへのあてこすりや皮肉ではありません。

2019-06-11 (Tue) 13:25:51