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「少子化対策」は「子供を産ませる」という話ではない。子育てしながらも多様な社会活動を安心してできるようにするということ。自分が関わる活動を、子育てしながらでも参加できるように変える。それも立派な「少子化対策」。そしてそれは、私たちみんなが活動しやすい社会にすることでもある。

そのことを感じたのは数十年前に会社勤めしていたときのこと。「耳がよく聞こえない人」が入社して来た。会社全体での集まりのとき、いままでは口頭でやっていた伝達を、文書とスライドを使うようになった。耳が不自由な人のためだ。その結果、集会時間は短くなり、記録もきちんと残るようになった。

何かが不自由な人は、社会の足かせではない。むしろ逆だ。その人を基準にすることで、他の人の活動もずっとやりやすくなる。ノンステップバスしかり、バリアフリー住宅しかり。社会の改善指針を与えてくれる人は大事な存在なのだ。

念のために補足。「大事な存在」や「少子化対策」という表現自体、やや微妙な意味を含んでいる。国を基準、集団を先行させた表現だからね。私が言いたかったのは、子育て世代や、身体に不自由な部分を持っている人へのサポートは、決してその人たちだけのためのものではないということ。

私たちはそれぞれの立場から、自分たちが生きている社会をより住みやすくすることができる。それはほんのちょっとしたことから始まるのかもしれない。それこそ、電車で席を譲るとか、育休を取ろうとしている同僚を応援するとか、そんなちょっとしたことから。

当然に認められた権利に対してももしかしたら文句を言う人がいるかもしれない。それに対して、勇気を奮って「お言葉ですが」と一言クギを刺し、同僚を守ること。その一言が、社内の空気を変え、より住みやすく働きやすい場を作るかもしれない。自分の半径数十メートルの空気をみんなでよくしていこう。

2018-08-21 (Tue) 17:03:03