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十数年前に、私が聞いた思い出話。ある大学院生が気の利いた論文を書いたんですよ。それは画期的とは言えないけれど、副産物のようなたくさんの論文を生める可能性があるネタ。その影響で、少なからぬ人が関連論文を書くことができた。でも、

最初の論文を書いた院生は出産のために数ヶ月活動できなくて、派生物としての論文を書けなかった。わたしはその女性とは直接の面識はないので伝聞なのですが。

はじめの論文のおかげで多くの人が派生論文を書けた。でも核となった論文を書いた彼女はたった一つの論文しか「成果」にはならなかった。その話を聞いたとき、話してくれた院生に、私は聞きました。「よっぽどがっかりしたんでしょうね、その人」と。

ところがその女性はまったく気にしていないとのこと。聞くところによると「論文というのはそういうものだし、研究というのはそういうもの。『誰』がそれをなしたかが大切なのではなく、『何』をなしたかが大切なのですから」と。

「私は一つの論文を書き、それを多くの研究者が展開してくれた。私は一人の子供を産み、これからの未来が楽しみです。何を恨んだり、妬んだりすることがありましょう」と。

私はその話を聞いたとき「人というものは信念を持っているとき、これほど強くなれるのか」と思いました。

以上、ずいぶん昔の思い出話。

http://rentwi.textfile.org/?789433722521006080s

これもまたいつか、結城メルマガの読み物としてまとめましょう。
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2016-10-21 (Fri) 20:50:41